2022年12月、僕は鈴鹿サーキット南コースでOKマシンに乗っていました。BRIDGESTONE最後の、そして史上最強最速のレーシングカート用タイヤを味わうために。
Thanks BRIDGESTONE Race OKクラスに参戦しました
普段は全日本カート選手権のみに使用される、門外不出のBRIDGESTONE製スペシャルタイヤ。それを大放出して行われたBRIDGESTONEラストイベントがThanks BRIDGESTONE Race OKクラスです。2022年12月をもってBRIDGESTONEはカートタイヤ事業を撤退するので、この機会を逃すと二度とこのタイヤを味わうことはできません。何が何でも出場したい。世界最速のマシンをドライブして、BRIDGESTONEの技術力をこの手にもう一度感じたい。そのために2度練習を重ね、そしてレースウィークに突入しました。
レースの2週間前に行われた事前練習会には参加できなかったため、レースウィークの木曜日に、実に12年ぶりにスペシャルタイヤを履くことになりました。12年間のタイヤの進化は恐ろしく、鈴鹿南コースのタイムだけで見ても約3秒も速くなっています。走る前からワクワクはしていましたが「絶対やばい」とも思ってました。そしてその予感は見事に的中するのです。
12年ぶりの最高峰カテゴリー
さてさて、木曜日になり走行セッションが始まりました。まずはお借りしているVORTEXエンジンを慣らしするのに、適当な市販タイヤを履いて走行開始です。
超久しぶりに最高峰マシンで鈴鹿南コースを走りましたが、当然のことながらまぁ速いです。慣らし用に本当に適当なタイヤを使っているので全然止まらないのですが、それでも事前練習していなかったら確実にやばかったなと実感できる速さです。最高峰カテゴリーで鍛え上げられ続けているエンジンの凄みを実感します。エンジンの慣らしが終了し、大体様子もわかりました。そして練習したときよりも明らかに自分の余裕があることも分かって一安心です。いざスペシャルタイヤを履きましょう。
スペシャルタイヤが凄すぎて笑うしかない
木曜日の練習用に配られたタイヤは12月の気候に最適化されたものでは無いそうですが、それでも片鱗ぐらいは味わえるはず。
スペシャルタイヤは温度に非常に敏感なので走り始めはレインスリックかと思うぐらいグリップしないのですが、いざ温まり始めると急激にグリップを始め、あっという間に市販タイヤのグリップ力を凌駕し始めました。そのグリップ力がどれぐらいすごいかを説明しますと、
ハンドルを切った瞬間に車の向きが変わって
鈴鹿のS字がありえないぐらい忙しくて
25Rに入ったと思ったらヘアピンでブレーキを踏んでいる
ぐらいです。もしエンジンがKTだったらブレーキは必要ないでしょう。頭では理解していましたが、実際に体験するのは天と地ほどの差があります。
あまりにも速すぎて、めちゃくちゃに遠いところに意識して視点を置いておかないとあらゆる操作が全く追いつきません。フロントタイヤの反応があまりにも良すぎて、思っている倍は曲がってしまう感覚さえあります。まずはスペシャルタイヤを体験する、ぐらいのつもりで走っているのですが、ぱっとMycron5を見たら46.8秒と表示されてました。
……僕が12年前に出した例のコースレコードは47.1秒だったはず……。
走り始めてすぐに未体験ゾーン。なんなんだこれは。
12年前のスペシャルタイヤは市販タイヤだったのではと思ってしまうぐらいの差が、紛れもなく存在しました。
もはや笑うことしかできないんですが、笑ってるだけじゃしょうがないです。木・金曜日はひたすら練習を重ね、OKドライバーやタイヤ開発者にアドバイスを求めました。そうするとだんだん分かってきました。
冷間時は絶対タイヤを滑らせないようにしながら温める。もっと手前からゆっくりとハンドルを切って、ボトムスピードをガッツリ上げて、タイヤをとにかく縦に転がすように走らせる。ブレーキはこんなに踏まなくていいし、実際もっと余裕で曲がれるはず。その手応えだってしっかり伝わってきてる。
うんうん。わかるわかる。
でもね、
「わかる」と「できる」は別の話なんですね。
僕の理性と恐怖心が、やろうとしている操作にストップを掛けてくるんです。そんなスピードで曲がれるわけがないだろ、と。シートなんてもっと寝かせれば車が楽になることは確実なのですが、そうしたら速攻で体が死ぬのが目に見えてます。スピード感にはかなり慣れてきて怖くはなくなってるのに、頭の何処かでビビり続けてて無駄に力が入ってる。そのせいでどうでもいいところでタイヤを滑らせてしまってます。タイムも低い次元で頭打ちして泣けてきます。
脳みそを整理する時間が欲しいので、レースは来週にしてください。
元チームメイトと戦うメモリアルレース
理性と恐怖心をゴミ箱に投げ込むことができないまま土曜日が訪れました。今日からレーススケジュールのスタートです。主催者のKRP、そして首謀者であるBRIDGESTONEが気を利かせてくれたおかげで、本日は公式練習にTT、さらには参加者41人を4グループに分けての総当たり予選ヒートが1グループあたり3回も行われます。骨の髄までスペシャルタイヤを味わえそうですね。
また土曜日からは、いつもTurning Pointというコーナーを担当してもらっている佐々木大河をメカニックに呼びました。実は彼は12年前の僕のチームメイトでもあります。現在でも強烈に速いドライバーである大河に、厳しい目で見られながら戦うメモリアルレースっていうのも乙なものです。でもできれば金曜日から来てください。
タイムトライアル
さて、いよいよTTが始まりました。ここまでの練習でスペシャルタイヤを冷間時に無理せず温めることの難しさを痛感しているので、TT開始直後にコースインしゆっくりとタイヤを温めます。運良く同じ作戦のドライバーが2人居たので、彼らの後ろにずっと付けて走りましょう。徐々にコース上にはマシンが増えてきましたが、うまくペース配分できたため、これ以上無いぐらい完璧なポジションでアタック開始です。
無駄なく、無理なく、わかっていることをなるべくできるように意識します。ポンポンとタイムが更新され、次がラストアタック。しかし目標までほんの少しだと意識してしまった結果、最終コーナーでアウトに少しはらみ、自分の欲深さを恨みました。そして出たタイムが46.0秒。
トップグループは44秒台に入っていたとはいえ、僕がそこまで出せないことは金曜日までで分かっていました。せめて45秒の世界が見たい。そう願ってのアタックが、完璧なポジションであったにも関わらず、技量の無さ故にあと一歩届かなかった。自分があまりにも情けなくて、車検場でカートから降りるまで少し時間がかかりました。
予選ヒート
そんなわけでほぼほぼ最後尾からのスタートを3回繰り返す予選ヒートが始まります。各8周しかないので混戦必至です。
第1ヒートはスタート直後から超混戦。あちらこちらで激しすぎるバトルが行われているせいで、彼らを避けているだけで勝手に僕の順位が上がりますし、こんな場所にいるはずない人まで順位が落ちてきます。もしかして完走さえすればめちゃくちゃ順位上がるのでは…?僕も混乱に乗じてパッシングを決めますが、絶対的にスピードがないので追い上げてくる速いドライバーに対しては無理せず処理してフィニッシュ。ただ序盤の混戦でわずかにフロントカウルがずれてしまったため、ペナルティにより20位に降格しました。
打って変わって第2ヒートは恐ろしく何も起きません。どうにか食らいつこうとしましたが下位に沈むほかなく、結果は18位でした。
第3ヒートは再び混戦。僕も接触がありつつも、各所でストップ車両が出ているので絶対完走を目標とします。しかし序盤からエンジンの調子が明らかにおかしく、キャブをどう調整しても回復に向かう様子がありません。スピードが上がらない中最終ラップでエンジンが焼き付きストップ。結果はリタイアや失格があったため15位となりました。
しかし木曜日から走り続けてのレース3ヒートは、疲労が限界で体がバラバラになりそうです。週末を通してサプリメント等で疲労回復を狙ってましたが、あまり食事が取れなくなってきました。日曜の朝になっても土曜日の夕方と変わらないぐらいの疲労感があったのは人生初の出来事で、冗談抜きで危機感を覚えました。次のヒートは再来週にしてください。
セカンドチャンスヒート
元々オジサンクラスと現役クラスに分けるから予選落ちは無いと聞いていたのですが、出る出る言っていたオジサンが軒並み出場辞退したおかげでオジサンクラスが成立しませんでした。僕が今セカンドチャンスヒートにいるのは100%僕の実力不足故ですが、彼らのせいでもあるのです。
とはいえここにいない人を恨んでも仕方がありません。見渡せばセカンドチャンスヒートのメンバーは、伝説の全日本カートチャンピオンにプロGTドライバー、若手フォーミュラドライバーに元F1ドライバーまで居ます。もしかしてここがメインイベントなのでは???予選ヒートで彼らの大半を抜き去った記憶すらあるので、なんだか行けそうな気がしてきました。出来る限りの対策を施して、決勝への生き残りを掛けます。
誰もが一発逆転を狙っている中、シグナルがブラックアウト。スタート直後の1コーナーで後方から思いっきり追突され吹っ飛びそうになりましたが、どうにかコース上に留まります。マシンは大丈夫そうですが、飛ばされたときにタイヤカスでも拾ったのかグリップがだいぶ怪しいのがきつい。3コーナーやS字でグリップが抜けるのをどうにか抑えながら走り、25Rに入ったら…
他車と接触があり、レースが終了しました。
僕たちにできる復讐
レース自体はしょっぱい結果に終わりましたし、走るたびに自分の実力不足を痛感させられ、幾度となく涙を流しました。僕はただハンドルを握りアクセルを踏んでいただけかもしれません。同世代やそれ以上の年齢で最高峰カテゴリーを戦っている彼らを心から尊敬し直し、先頭を走るドライバーたちを神と崇めることしかできませんでした。しかし、それでも間違いなく
最高に楽しい週末でした。
最高峰の舞台で鍛え上げられたBRIDGESTONEスペシャルタイヤは、市販タイヤとは文字通り別次元の性能を発揮しており、ハンドルを切るだけで僕に喜びを与えてくれました。そして僕の現役時代から12年経った最新タイヤの進化を真剣勝負の場で実感できたことは、これ以上ない刺激的な経験でした。BRIDGESTONEの高い技術力はもちろん、このタイヤに関わった全ての人々の情熱と愛、そして強烈なまでの競争心が、史上最強最速のタイヤを生み出したのです。言うまでもなく、そこにはDUNLOPとYOKOHAMAという偉大なライバルの存在が欠かせません。
本日までBRIDGESTONEが戦ってきた45年間があったからこそ、僕たち一般ユーザーが「楽しい!」と思えるタイヤが生み出されることが体で理解できました。もしそうでなければ、こんなにもたくさんの人がBRIDGESTONE最後のイベントに参加することは無かったでしょう。これはBRIDGESTONEというブランドが、レーシングカートの世界で強く愛されてきた何よりの証拠です。
開会式でBRIDGESTONEのとある方が「他のモータースポーツに参戦する時があれば、ぜひBRIDGESTONEタイヤを使ってほしい」と挨拶していました。彼には申し訳ないのですが、僕はカートが大好きなので、他のモータースポーツという選択肢が殆ど無いでしょう。もしも本当に僕たちカーターに製品を使ってほしいのであれば、一刻もこの世界に早く戻ってくるべきです。その時はぜひ、YOKOHAMAタイヤも一緒に連れてきてください。
BRIDGESTONEとYOKOHAMAがいなくなったカートの世界は、少し寂しくなりました。だから僕は、カートの世界が今まで以上に魅力的であることをアピールし、週末になればカートをドライブして、より多くの友人にカートの楽しさを伝えていきます。それはこの市場を、技術を、開発の場を、なによりもここで戦う人々の情熱を手放したことへの、僕なりの復讐です。同時に、復活を望む愛の証なのです。