全日本カート選手権の関係者の中でまことしやかに囁かれているある噂話がある…。それは、「2020からFP-Jr CadetsクラスがMiniクラスへと変更されるのではないか?」という話だ。
2020年は全日本規定切り替えの年
CIK-FIAの公認が3年周期で切り替えられているのは割と知っている人も多いだろう。その影響があるため、最高峰カテゴリーで使用されているOKエンジンは3年ごとに必ず新型に変更されるし、タイミングによってはKF⇒OKのようなフルモデルチェンジが行われるのだ。
それと同じような感覚で、全日本カート選手権の規定の一部も3年という期間をもって定められているものがある。具体的に言えばワンメイクカテゴリーの規定がそれにあたり、現在採用されているFP-Jr・FP-Jr Cadets・FP-3・FS-125の規則は2017~2019年の3年間有効とされている。このため、2020年からは新規則が採用される可能性があるわけだ。
Mini=Cadetsシャーシ+60cc空冷2stクラッチ付きエンジン搭載マシン
さて、まずは話題のMiniカテゴリーについて説明しよう。こちらはすでにJAF 2019国内カート競技規則に記載されており、Paddock Gateでも2018年8月に取り上げているが、もう一度カテゴリーの概要を示そう。
エンジン |
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シャーシ |
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最低重量 | 110kg |
端的に言えば、60cc空冷2stクラッチ付きエンジンを、現在のカデットシャーシに搭載したカテゴリーということになる。CIK公認レースのため、ヨーロッパではエンジンはマルチメイクだ。つまりOKカテゴリーと同じく様々なエンジンメーカーのMini用エンジンを選択できるようになっている。
JAFレーシングカート部会では意見が割れている
もちろんこのような噂話が耳にされる要因は、全日本カート選手権規定を定めているJAFレーシングカート部会の中で議論に上がっているためだ。関係者へ取材したところ、どうやら
- Miniカテゴリー導入派
- 現状維持派
の2派に分かれて議論が進められているらしい。しかしMiniカテゴリー導入派の中でも、エンジンワンメイク派とマルチメイク派が混在しているそうで、なかなか一筋縄とはいかないようだ。
Mini導入派の主だった意見としては「国際レースとの整合性」であり、実状としては新たなエンジンが販売されることによる市場の活性化を目論んでいる。対して現状維持派は、現在のYAMAHA KT100エンジンの資産価値を生かすべきだというのが主張であり、またMini導入後のユーザー負担増加による参戦者数減少を懸念しているようだ。
国際整合性の名のもとに振り回されるのはユーザー
この世にルールメーカーに勝る勢力は存在しないので、一般ユーザーは定められた規則に基づいてレースを行うほかない。ひとまずはMiniが導入された場合のことを考えてみよう。
まずマルチメイクであった場合、どのエンジンが国内レースで速さを見せるのか不明なため、ひとまずは複数社のエンジンを購入することが勝利への近道になるだろう。ヨーロッパで行われている60ccエンジンのレースを見る限り、おそらく結果的には単一ブランドのエンジンがある程度強さを発揮するのだろうが、それでもコースとのマッチングによって多少のバリエーションが出てくるはず。仮に日本独自規定によりワンメイクレースとして開催されたとしても、3年ごとにエンジンの公認が切り替わり、旧型エンジンの販売は停止される。すなわち3年ごとに旧型エンジンが使用不可能となるのだ。完全なコンペティションカテゴリーとして成立している最高峰OKカテゴリーならいざ知らず、ステップアップカテゴリーであるCadetsクラスのユーザーへのこの負担は大きいのではないかという点が非常に心配だ。Miniエンジンを国内に持ち込んだ際の販売価格はおよそ30万円になるのではないか、という試算もあるらしく、その金額の場合Miniの導入は現実的とは言いずらい。
現状のYAMAHA KT100シリーズであれば、部分的な部品の組み換えによってJuniorやFP-3、各地のSLローカルレース、さらには30歳以上のSuperSSでも使用可能であり、大人から子供まで楽しめる懐の深さが魅力的だ。対してMiniエンジンは3年ごとに古いエンジンがゴミに変化し、使いまわしが不可。これにより中古エンジンが比較的低価格で流通することは考えられるが、その一方で新規ユーザーが誤って旧型エンジンを購入してしまうトラブルの発生もあり得る。翌年が公認切り替えのタイミングである場合は、出場を控えるドライバーも出てくるのではないだろうか。
また全国各地のローカルレースで採用されるかどうかも怪しいところだ。各サーキットが緩和措置として旧型エンジンの採用を認めたとしても、部品供給の問題が必ず発生するので新型への移行は必須である。確かにカデットドライバーは年齢とともに必ずステップアップしていくため、その期間だけを見れば同一のエンジンを長く使い続ける必要はない。しかし結局のところジュニアカテゴリー用の新しいエンジンを購入せざるを得ないので負担が大きい。そこまでハイコストなものをローカルレースで開催したとしてドライバーが集まるのか、については疑問符が付く。結果としてMiniカテゴリーはジュニアカート選手権でのみ採用されることとなり、ジュニア選手権への参加者減少につながる恐れも考えられる。
Mini導入によるユーザーへのメリットとは?
対してメリットとして考えられるのは、導入したタイミングでインポーターやカートショップの売り上げが向上する点である。これは単純にエンジンの販売台数が現在よりも増えることによるもの。さらにMiniが導入された場合はほぼ間違いなく自前のエンジンでのジュニア選手権参戦となるはずなので、各カートショップはエンジン整備(≒チューニング)の腕をさらに磨く必要が発生する。カートショップの腕の優劣がより表れることで競争が激化し、もちろん淘汰されるショップも現れるだろうが、単純には業界の活性化が図られる。それも3年ごとに必ずだ。ただしその限度はユーザーの財布に大きく依存している。しかしこれは現在のデリバリー制を廃止すれば同じように競争する項目が増えるため、YAMAHA KT100を用いた場合では同様の効果をより安価なユーザー負担で見込むことができるはずだが。
結局のところ、Miniカテゴリーへの移行によってユーザーにとって何かメリットがあるのか?というのが最大の争点かもしれない。現状のKT100SECであればメンテナンスコストが抑えられ、電動スターター付きエンジンなので扱いも手軽だ。Mini規定によると同じく電動スターター付きだが、100ccでパワーを意図的に絞ったエンジンと同等程度のスピードを60ccエンジンで作り出すことを考えたときに、果たして同程度のランニングコストに抑えられることが出来るのだろうか?コストの問題を無視した場合、ユーザーにとって嬉しい事象は、より性能差が減りレースが白熱することだろうが、もちろんそんな保証は一切ない。それ以外のメリットは、信頼性?安全性?メンテナンス性?果たしてここには従来品を超えるだけの魅力があるのだろうか…。
確かに国内カート界はガラパゴス化しているとはいえ、長年使われているマテリアルがあり、そしてある程度上手く回っているこの現状を打破してまで何か改革を行う必要があるのか。確かに現状のレーシングカート界のままでは衰退していく一方ではあるが、さりとてユーザー増加のための解決策がマテリアル側にあるとは考え難い。問題はどちらかといえばソフト面、一例としては顧客満足度の低さに問題があるのではないだろうか。販売者にとっての短期的な売り上げ向上よりも、より長期的な視点で見ていくべきなのではないだろうかと、この噂話を聞いて思ったのだった。
関連情報
【JAF】2019年国内カート競技車両規則&日本カート選手権規定が制定 FP-3が全日本選手権へ格上げ | Paddock Gate
2018年8月24日に、JAFより2019年国内カート競技車両規則と、2019年日本カート選手権規定の制定が公示された。2019年国内カート競技車両規則 Miniカテゴリーが追加2018年規則からの競技車両規則の主な変更点は3点。