BRIDGESTONEがレーシングカート用タイヤの生産から2022年末をもって撤退

2020年9月25日、株式会社ブリヂストンは、2022年末にレーシングカート用タイヤの生産から撤退することを発表しました。

参照:株式会社ブリヂストン カート用タイヤの供給終了について

プレスリリースによると撤退理由は

事業環境の変化に応じた事業ポートフォリオや経営資源配分の最適化を戦略的に進める中で、あらゆる要素を考慮しながら慎重に検討を行った結果

参照:株式会社ブリヂストン カート用タイヤの供給終了について

とありますが、我々の取材によると、近年の市場規模の縮小、そして生産拠点の老朽化が主である、とのこと。特にカートタイヤの生産設備は転用が難しいことから、新規設備による生産を行っても採算性が取れないと判断したそうです。

BRIDGESTONEがレーシングカートタイヤの生産を開始したのは1977年。以来、国内外を問わず幅広くタイヤを供給し、レーシングカートの世界を足元から支えてきました。近年では2017年に新型SLタイヤとなるSL17を販売開始、YAMAHA SSやFP-Jr等のカテゴリーで、全国のレーシングカーターに広く使用されました。スペシャルタイヤを使用して戦われる全日本カート選手権の最高峰カテゴリー(現OK部門)では、2019年に7年ぶりとなるチャンピオン奪還を果たし、今シーズンもディフェンディングチャンピオンとして戦っています。しかしCIK公認タイヤの製造も終了することから、2023年以降は最高峰カテゴリーからも撤退となりました。

これまで当社のカート用タイヤをご愛用頂いた皆様ならびにカートレース関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。当社は、モビリティ社会を支える一員として、今後もモータースポーツ活動に情熱をもって参画していきます。

参照:株式会社ブリヂストン カート用タイヤの供給終了について

関連情報

カート用タイヤの供給終了について | ニュースリリース | 株式会社ブリヂストン

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BSは事業継続しないことを前提で撤退したのかもしれない

ここからはBRIDGESTONE(以下BS)カートタイヤ撤退を悲しむ筆者の所感です。

レーシングカートというのは子供から大人まで楽しむことのできる数少ないモータースポーツです。実際に幼少期からこのスポーツを楽しんできた私にとって、BSタイヤはいつも当然のようにそこにありました。私が当時の全日本カート選手権最高峰カテゴリー(SuperKF部門)に参戦したときには、BSのスペシャルタイヤとその開発チームの皆さんが、私のドライビングを受け止めてくれました。それが2022年末をもって無くなってしまうということに、私は深い悲しみを覚えています。レーシングカートに携わる人間の一人として、なんとか彼らの撤退を阻止できないか、これまでに出来ることはなかったのか。このニュースを聞いて以降、そんなことばかりを考えています。

ところで、近年BSはモータースポーツへ消極的な姿勢を見せていることは間違いありません。2008年には日本F3、2009年にはラリー・ダートラタイヤ、2010年にはF1、2015年にはスーパーフォーミュラとMotoGPから撤退しています。もしかするとBSは、あらゆるモータースポーツから撤退する前提で事を運んでいるのではないか、そんなことを想像してしまいます。

確かに、近年レーシングカートは、特に日本国内では競技人口が減っているスポーツで、これはJAFのライセンス発行数を見ても明らかです。しかしその一方で、近年において彼らがレーシングカートの普及活動を積極的に行ったようには思えません。モーターショーのブースにカートを飾ったり、週末のショッピングモールで展示を行うなどの誰でも簡単に思いつくような草の根の広報活動を、私はほとんど見たことがありません。

また撤退理由として設備投資後の回収が困難であることを上げていますが、取材した現場の声によると、まず第一に考えられる値上げという手段も取ろうとしなかったようです。値上げを行い市場に評価してもらおうという、ごく当たり前の商習慣をスキップしています。これは2009年に突如撤退したラリータイヤと同様のプロセスです。それとは違い、現場の努力によってどうにか2022年末までの供給が確保されたことは、感謝するほかありません。

そもそもカートタイヤはサイズが小さく生産数が少ないので、非常に小規模な設備で製造されているそうです(カートタイヤの工場は見学できないのが残念です)。そこで生まれる赤字額は正確には不明ですが、BSの企業規模からすれば些細なレベルに過ぎず、カートタイヤの製造を続けたところで会社が倒産することはまずありえないと考えるのが妥当です。もしかすると赤字は、多くの開発資金や人材を必要とするOK部門から撤退することでも解消されるかもしれません。しかし、そのような手段を取ろうとした形跡もありません。

市場の反応を見ようとせず、市場のパイを増やそうという努力も無い。事業継続のためにコストがかかる部分を解消しようとした痕跡も無い。もしかするとBSは、事業継続を行うつもりがない状態で撤退を決めたのではないか?とても残念なことですが、私にはそう思えて仕方がありません。

そもそもレーシングカートカテゴリーのほとんどはワンメイクタイヤとなっています。これはユーザーのコスト負担低減はもちろんのこと、メーカーが利益を上げるために作った構造でもあります。それを儲からないから辞めると言い出すのは、甚だ無責任にも感じられます。

ブランディングやCSRの側面

BSはキッズカート用のタイヤからCIK公認タイヤまで、幅広い種類のカートタイヤを製造するメーカーの一つです。これはひとえに、世界第一位のタイヤメーカーだからこそなし得る展開でしょう。

子供の頃から永くBSタイヤに親しんできたユーザーは、大人になって自分の車を買ったとき、昔表彰台で帽子を被ったBSタイヤを足元に選ぶかもしれません。私個人の意見としても、BSカートタイヤは非常に安定した性能を持っていると感じています。1/100秒を競うこのスポーツにおいて最も重要なタイヤが、ロット差を感じられないレベルの安定した工業製品が供給されているという事実は、レースに参戦するうえで強い安心感をユーザーに与えてくれます。ブランディングやCSR活動として、これ以上のものはありません。

また富裕層が多くいるスポーツで、車に関係する事業を行っている保護者の方々もいらっしゃいますから、彼らが積極的にBSを選択する理由にもなりえます。実際に私の友人は、レーシングカートで得た縁から、自家用車と事業車の夏・冬タイヤの全てをBSに履き替えた方もいます。コスト面からすれば難しい選択だったと思いますが、それを乗り越えた人と人との繋がりによる部分は必ずあるのです。

確かにこれらの事例は数字に現れづらい部分であり、カートタイヤによるリプレイスタイヤ等の販売効果を完全に把握することは困難を極めるでしょう。しかし(カート好きという非常にバイアスがかかった視点ですが)市販のBS製品がほぼ使用されていないオリンピックのオフィシャルパートナーになるよりも、カートタイヤの製造を続ける方がはるかにましな投資に思えます。BSは今年4月にテニス事業からの撤退も発表したので、東京オリンピックで錦織圭や大坂なおみがBSのラケットで戦うことはあり得ないのです。

最も身近なモータースポーツを切り捨てるということ

実は海外に向けて販売されているものも含め、BSカートタイヤの全ては、ブリヂストン創業の地である久留米工場で生産されています。1931年3月に国内初のタイヤ工場として操業したこの工場では、乗用車タイヤはもちろん、レーシングタイヤや航空機タイヤなど多種多様な製品を製造しています。BSの歴史そのものといえるこの工場から、モータースポーツの原点の一つであるカートタイヤが無くなるという事実に、寂しさを感じずにはいられません。

レーシングカートは幼少期から始めることのできる数少ないモータースポーツであると同時に、その世界でのトップを目指すことも、生涯スポーツとして末永く楽しむこともできる、とても貴重なカテゴリーです。さらにレンタルカートやスポーツカートといった、最も身近なモータースポーツという側面もあります。これほどまでに誰でも、大人から子供まで、手軽に、深く、車で走ることの喜びを感じられるものを、私は他に知りません。その場所から世界一のタイヤメーカーがいなくなる。彼らには、その意味をもう一度考え直していただきたいです。私からすれば、そこにいない時点で、モータースポーツへの情熱など詭弁に過ぎません。

一つだけ救いがあるとすれば、少なくとも2022年までは今までと変わらない体制で続けられることが約束されていることです。現場の方々は皆、カートに対して熱い情熱を持っています。製品の安定した供給はもちろんのこと、スペシャルタイヤの開発も引き続き行い、全日本カート最高峰部門も最後まで全力で戦う、と話してくれました。

Solutions for your journey

これは2020年7月からのBS新キャッチコピーですが、Youの中に私たちが含まれていなかったことは、ただただ残念でなりません。私は、あなたと、次の景色へ行きたかった。

写真・文:藤松楽久

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