編集長の藤松です。Paddock Gateのお問合せフォームには様々なメールが寄せられますが、今回は高校生ドライバーから僕宛に一通の相談が送られてきました。僕も身に覚えがある悩みだったので、真摯にお答えします。
三重県Kさんからのお悩み相談
僕は三重県在住の高校二年生(17歳)です。小学生の時にF1日本グランプリのピットウォークに行き、大好きなセバスチャン・ベッテル選手のサインカードを偶然出会った海外のカメラマンさんが貰ってきてくれた事に感動して、その日以来、フェラーリのF1ドライバーになることを夢に見続けてきました。今は明確に最初の日本人F1チャンピオンを目指して自分を強くしたいと励んでいます。
藤松さんが書かれた記事を幾つか読みました。中でもタイムトライアル中のハプニングや、レース中のアクシデントなどについて「そんな時もあります」や、「気を取り直して」と、引きずることなく、何かを言い訳にする事もなく気持ちを切り替えて次の戦いに向き合う姿を見て、すごいと思いました。
僕は、練習日ならトップ常連のチームメイトと僅差で速いタイムを出したり、過去のレースで10台抜きをしたこともあったというのに、自分に自信を持ちきれず、決勝日になるとどうしても緊張に負けてしまいがちです。本番のミスには、それが例えどんなに小さいことでも重く受け止めしまい、ますますドツボにはまってしまいます。
このように簡単に緊張に負けて心が折れ、力が出せない悩みに対して、例えば日本一怖いお化け屋敷に1日で何回も挑戦したりしました。カートを始めた時からお世話になっているチームの方に相談して「毎日の登校や帰宅中に出会った方と挨拶して仲良くなる」という助言をもらって実践し続けたり、写経をしたり、滝を見に行くために山道を走って行ってそばでマイナスイオンや自然の力を浴びたり、ストレッチをしたり、自分で考えてリラックスして戦うために、ロガーを見えなくしたりと、いくつも実践してきましたが、それでも壁を乗り越えきれず、直近のレースでも悔しい思いをしました。
僕は中学三年生の頃からレースを始めて今年でレース4年目で、主に鈴鹿サーキットや石野サーキットのYAMAHA SSクラスを中心に参戦してきました。けれど、決勝日になると緊張に負けてしまい、勝負から逃げてしまうので成績も悪く、そんな自分の弱さを克服できないまま3年間が過ぎてしまいました。父からは「もう家にはレース活動に使えるお金が無い」と言わましたが、それでもレースを続けて夢を叶えたいのでチームに相談して、今年の開幕戦だけチャンスを戴きました。なのに、自分でも不甲斐ない結果になり落ち込んでいます。
藤松さんにお伺いしたいのですが、どうしたら僕も藤松さんのように強くなれますか?藤松さんは僕と同じよう悩んだ経験がありますか?もし乗り越えたご経験がおありでしたら、ぜひその方法を教えてほしいです。
三重県 Kさんからのメール
個人情報等を修正
どうすれば緊張せず自信を持ってレースを戦えるのか?
「どのようにすれば緊張せずに強くなれるのか?」という話ですが、これは非常に難しい問いで、僕にははっきりとした正解がわかりません。僕はカウンセラーでもスポーツトレーナーでもないので、あくまでも自分の経験からお話します。当てはまらないこともあるでしょうし、Kさんにとって不愉快なこともたくさん言いますが、ご了承ください。
ところで、最近の僕はレースであまり良い結果を残せていません。これにはいくつか理由があるのですが、あまり公にするような事でもないのでここでは話はしません。Kさんは僕の記事を読んで「言い訳をせずに切り替えをしているのがすごい!」と感じたようですが、裏には様々な言い訳があり、僕もたまにはボヤいたりしてます。結果が悪くてもスパッと切り替えますが、本当は悔しくてしょうがないですし、様々な形で僕を応援してくれている人々に対して申し訳ない気持ちもあります。ただ、レースの世界では物や環境、金を用意するのもドライバーの仕事なので、それらを揃えられない僕が悪いだけの話です。
何もかもを完璧な状態にすることは至難の技で、仮に完璧であったとしてもそれが結果に繋がると限らないのがレースの難しいところです。うまく行っていないことを自覚している時は良くも悪くも諦めが必要なので、僕は3つの目標を持つことにしています。
- 理想的な目標:ほとんどの人にとって、優勝や表彰台がこれになるでしょう。
- 現実的な目標:いつも同じような順位を走るライバルに勝つ、タイムのばらつきを減らすなど。
- 最低限の目標:完走、車を壊さない、いつもと同等の順位など。
Kさんは理想的な目標だけを設定していませんか?だからあまりにも目標と現実との差が大きすぎて、過度な緊張をしてしまうのだと思います。理想の目標は必要です。ただ同時に、なるべく現実的で今の自分がギリギリ届きそうな目標と、ほぼ確実にクリアできるであろう最低限の目標を設定しましょう。これには自分の実力を客観的に知る必要があります。
障害となっているものは何なのかを見つけ、何をすれば現実的な目標に到達できるのかを考えて実行してください。目標に到達した/しなかった場合、その原因を調べましょう。これで自分の実力をより正確に把握することができるようになります。例え低い目標であっても、自分で設定したものをクリアできたら嬉しいものです。そうやってその時々の自分のベストを尽くすレースを重ねていけば、次第に現実的な目標が理想的な目標へ近づいていくものだと僕は考えます。これは別にレースに限った話では無く、他のスポーツや、学校のテストでも同様ではないでしょうか。
ところでKさんは三重県にお住まいのようですが、そちらではたくさんのサーキットがあり多くのレースが行われているので、片っ端から参戦すれば短期間でたくさん経験を積むことができます。レース参戦はお金がかかりますが、観戦なら僅かな交通費だけでできるはずです。観客席からレースを見ながら、その時その瞬間に自分ならどうするかを考えたり、セッティングやドライビングを観察したり、ドライバーに「なぜあのような行動をしたのか?」などの話を聞くことで、あなたの知見はより広く深くなっていくでしょう。
また近年ではレーシングカートウェブさんによる高品質なレース動画もありますし、海外の世界選手権の様子もインターネット上で視聴できます。自分の視点とは違うため、リアルでレースを見るのとはまた異なりますが、そういったサービスを利用してよりハイレベルなレースを勉強するのも役に立ちます。もちろんPaddock Gateには国内トップドライバーのオンボード映像やサーキット攻略解説動画もありますから、ぜひ活用してもらえると嬉しいです。
僕には自信を持つためにお化け屋敷に行ったり山を登ったり写経をした経験はありませんが、少なくともそれよりはレースを観察して考えることのほうが効果があると考えます。なぜなら自信とは、それに対する知識や経験によって補強されると考えているからです。マイナスイオンを浴びれば、勉強をしなくても自信満々で試験に挑むことができますか?僕にはできません。ですが普段からしっかりと授業を聞いて、わからないところは先生に質問をして、問題の解き方を確実に理解してさえいれば、過剰なテスト勉強をしなくてもある程度の自信を持って定期テストに挑めるはずです。僕の経験上それで100点満点中の70点ぐらいはだいたい取れる、それがわかっているから強すぎる緊張をせずに挑めるのです。
レースも同じです。レースに対する知識や経験、練習量こそが、確実な結果に繋がります。ただ走ればよいわけではありません。今の自分は何をすればよいのかを考え、練習走行では毎セッション必ず1つ以上の課題を持って挑む。その課題をクリアできた経験は、必ずあなたの自信に繋がります。
ところでKさんにはお金が無いようですが、例えばアルバイトで資金を稼ぐなどを考えたことはありますか?1レース7~8万円は必要だとして、年5回出場すれば約40万円です。とても高価ですが、このレース代だけなら高校生のアルバイトでも1年間で捻出できる金額だと思います。学校がアルバイト禁止なら、普段の支出をできるだけ抑えたり、今なら不用品をフリマアプリで売却したり、いっそ何らかのビジネスをするなどの努力の方向性もあるかもしれません。多くのプロドライバーはレース以外の仕事も持っているものです。もちろんすぐに楽に稼げる話などありませんから、悪い人に騙されないでください。しかし、もし素晴らしいビジネスを思いついたなら、必ず僕に連絡をください。僕はそんなに悪い人じゃないです。多分。
ここで酷な話をします。現在17歳でお金が無くKTレースにどうにか出場しているKさんが「明確にF1チャンピオンを目指している」というのは、現在のモータースポーツ界の風潮ではとても現実的とは言えません。もしそれが本気であれば、今すぐ2000万円ほど用意し、メーカー系のスクールとジュニアフォーミュラレースを並行して行うべきです。なぜなら多くの国内四輪関係者はレーシングカートのことなど露程も関心が無く、カートコースは金持ちの子供を探す場所としか思っていないためです(※偏見です)。もしジュニアフォーミュラでうまく行ったとしても、その後F1に至るまでには数億円単位のお金が必要です。スーパーGTやスーパーフォーミュラのドライバーになりたいのであればもっと安く済ませる方法もあるかもしれないですし、ここ最近では強烈な話題性さえあれば乗れる例もあるようです。現実には努力を重ねてもプロドライバーになることすら難しく、同じ努力ができるなら東大に入るほうがずっと簡単です。
きっとKさんは現実が見えておらず、理想ばかりを追い求めているがゆえ、現実の自分との差に嫌気が差して僕にこんなメールを送ったのだと思います。17歳の頃の自分のことを思い返せば、その気持ちは痛いほどわかります。当時の僕も現実なんて恥ずかしいほど見えていませんでした。努力を怠り、レースに対して不誠実なくせに、いっちょ前に結果だけ求めて、うまくいかず悔しくて泣いた思い出があります。ほとんどの17歳はそんなものです。30歳になった今だからこんなに偉そうなことを言ってますが、実際には今も変わらず怠け者なので、自分の言葉がズキズキと突き刺さってます。
ですがKさんは当時の僕とは違い、素直に助けを求められる人のようです。これからは勇気を持って現実を見つめ、ここから先の選択を考えましょう。
もしプロドライバーになりたいのであれば、多大な投資と努力、なにより多くの協力者が必要です。最も簡単なのはレースを辞めることです。もしかするとメカニックやマネージャーなどの立場でレースに携わることはできるかもしれません。Kさんが今後どのような選択をするのかは自由です。ただ僕としては、せっかくレーシングカートの世界に出会ったのですから、なるべく永く楽しみ続ける方法を考え選んでもらえると嬉しいです。
僕のレース歴は20年以上ありますが、実は今でもスタート前はそこそこ緊張します。無数のレースに全日本カート選手権最高峰、世界選手権を経験してもなお、地元レースの決勝前は無意識に体に力が入ります。僕の場合、緊張はレースそのものから発せられる雰囲気によるものと、自分自身のベストを尽くせるかどうかの期待や不安から生まれているように思います。この緊張感こそが今日まで僕を走らせてきた原動力の一つであり、僕の感じるレースの魅力の一つです。普段の生活で、こんなにヒリヒリする場面はそうありません。
Kさんはレース中は不安でいっぱいなように見えますが、レースを楽しめていますか?セバスチャン・ベッテル選手のサインカードをもらったときや、初めてカートを運転したときのような興奮を、今もレーシングカートから得ていますか?4年目のKさんはまだまだ伸び盛りで、自分の成長をたくさん楽しむことができるはずです。20年以上カートに乗っている僕でさえ、未だに新しい発見や、自分の成長を感じることがあります。緊張すら楽しみ、勝っても負けても「今日は楽しかったな」と思えるようになったのが、一番の成長かもしれません。
「好きこそものの上手なれ」という言葉の通り、レースを楽しんでいる人はみな上手で、各々の強さを必ず持っています。楽しむことは、紛れもなく強くなる方法の一つなのです。