実は先日の全日本カート選手権SUGO大会はいつもと少し異なる様相を呈していた。レース日となる土・日曜日は何の問題もなかったが、木・金曜日のスポーツランドSUGOには異様な雰囲気があったのだ。
木曜日は走行不可、搬入は18:00~
年によっても変わるが、少なくとも今年の全日本カート選手権は木曜日から走行可能な場合がほとんど。走行しないにしても、木曜日から搬入・ピット設営が可能だった。まだ小中学生のドライバーもいるので木曜日から走行可能というのはいかがなものなのか、という議論は確かにすべきだが、今回その話はいったんおいておこう。ところが、スポーツランドSUGOから9月7日に通知された情報「インフォメーションNo.2 特別スポーツ走行スケジュール」によると、木曜日は重要な施設点検作業につき入場不可であり、搬入可能日時は9月15日(木)18:00頃からを予定しているとのことだった。
筆者はもともと木曜日の夕方に仙台市内に到着し、金曜日からコース入りし取材を行う予定を立てていたので、特別このことに関して気にしていなかった。ところが仙台空港で偶然にも親しい人物と出会い、彼のご厚意で木曜日からコース入りさせていただくことにしたのだが、いざスポーツランドSUGOに到着すると少し変わった光景が目に入った。それは17時ほどのことだったが、入場待機エリアとして指定されていた西駐車場にずらっと関係者車両が並んでいたのだ。もちろん皆今回のスケジュールを知ってはいたが、やはり木曜日に設営を行い、金曜日の朝一番から万全な体制で走行を行いたいという気持ちがこの行列を作っていた。
いざ18時になりサーキットスタッフに誘導されながら西コースへ入場すると、これまた不思議な光景が目に飛び込んできた。スポーツランドSUGOの国際サーキット全周を覆うようにフェンスに幕がかけられているのだ。すでに日も暮れ暗く肌寒くなり、さらには小雨が降る中で各チームがピットの設営を行っていた模様はPaddock GateのFacebookページでお伝えしたとおりだ。18時までは入場不可、そしてフェンスには目隠しの幕。いったい本コースでは何が行われているというのだろうか。
金曜日は撮影不可、コース内には警備員が多数、2階観客席の立ち入りも禁止
金曜日はなんと場内での全ての撮影が禁止されるという前代未聞の事態となっており、朝の入場ゲートにてそれは参加者に告知された。実は筆者のようなメディア申請を行った者には事前に知らされていたが、告知されたのは9月14日(水)のことであり、さらに我々には「金曜日は施設内占有貸切の為、入場できません」と書面で通知されたのだった。特別スポーツ走行日なのに占有貸し切りとはいったいどういうことのなのだろうか、そう思った筆者はスポーツランドSUGOへ問い合わせの電話を掛けた。すると『入場はできるものの、撮影が全面的に禁止であり、入場者にはスマートフォンのカメラにもステッカーを貼っていただきます』との返答をいただいた。
そのステッカーがこれだ。これはすでに何度かはがした後の写真だが、ご丁寧にステッカーをはがすと跡が残るようになっている。金曜日に入場ゲートをくぐる際にスタッフから手渡され、ステッカーをスマートフォンに貼ったかどうかのチェックも行われ、さらには撮影やSNSへの投稿を行わないことへの誓約書にサインも強制された。ちなみにこの跡が残るステッカーだが、金曜日の夕方にサーキットスタッフの方がきれいに剥がしてくれたため、そこへ頼めば跡が残るようなことにはならない。
さらに西コースパドック内には多数の警備員が巡回し、撮影を行っているものがいないか監視していた。またガレージの上にある2階観客席への立ち入りも禁止。そこへとつながる階段の前には柵が置かれ、警備員が常駐していた。各チームがせわしく車両のセッティングなどに追われている間を警備員が歩いているという光景は、これまで全日本カート選手権で見たことのない景色だった。もちろん入場口から西コース、そして駐車場までは自由に行き来することができたが、それ以外のルートはすべてバリケードにより封鎖されていた。
国際サーキットでは某自動車メーカーによる市販車テストが行われていた
そのような厳戒警備の中、国際サーキットでは何が行われていたのだろうか。コース全体に厳重に幕が張られていたものの、時折本コースを走る車両のルーフ周辺が幕の隙間から見え隠れしており、それを見るにどうも某自動車メーカーから近々発売される予定の新型車両のテストを行っていたようだ。市販車でかつ走行のペースも遅かったため、静かにスポーツランドSUGOの急な最終コーナーを登っていく姿を見ることができたのだが、割と強めな黄色がテスト車両のイメージカラーなんだなということは金曜日に西コースにいた全員が容易に知ることができた。どうやら月曜日から行っていたというこの新型車テスト、金曜日の昼頃には終了したらしく、本コース側の撤収作業が終わったのだろう、夕方ごろから次第に幕が取り外されると同時に我々の撮影も解禁された。
レースの進行には影響がなかった
木曜日の走行禁止、搬入作業は木曜日の夕方から、そして金曜日の撮影禁止。これにより被害をこうむったのは、木曜日に搬入・走行のスケジュールを立てていたチームやドライバー、そして金曜日に取材・撮影を予定していたメディア2社(Paddock Gateと他社)ぐらいだろう。一部チームでは大がかりなピット設営を行うために木曜日の深夜までサーキット内で作業を行っていたようだが、パドックエリアには明かりが照らされていたとはいえ18時の時点ですでに暗がりかつ小雨が降っていたため、日中の作業に比べると安全性の確保が十分だったとはいいがたい。ピット設営中に暗さが原因で怪我をした、寒さが原因で風邪をひいたといった話は特に筆者の耳には入っていないが、可能性は考えられる。また私事で申し訳ないが、メディアパス料金を払っているにもかかわらず金曜日に撮影禁止というのはPaddock Gateにとっては痛手だった。
しかしながらそれらの問題が実際のレース運営に何らかの支障をきたしたかと聞かれれば、おそらくなかった。金土日の3日間、スケジュールは常にほぼオンタイムで進行し、これといった問題もなくSUGO大会は終了した。土日だけを見ると、それはいつもの全日本カート選手権と何ら変わりがなく、各カテゴリーともにハイレベルで素晴らしいレースが展開されていた。
全日本カート選手権は見下されている
では特にレースの進行に影響がなければ、これからも突然木曜日の搬入・走行が禁止になっても大丈夫ということなのだろうか?それは違う。そもそも全日本カート選手権のスケジュールは昨年度末には決定しており、少なくとも金曜日からほとんどのドライバーが走行を行うのが通例だ。そういうことを分かっていながらもこのスケジュールに押し込んだ某自動車メーカーやスポーツランドSUGOの考えとはいったい何なのだろうか。
まず最初に断っておきたいのは、この件に関して、少なくともPaddock GateはスポーツランドSUGOの現場にいたスタッフを責めるつもりは一切ない。彼らは本当に真摯に対応してくれたし、コース全体に貼られた目隠しの設営・撤去作業のことを考えると同情すらしてしまう。考えるべきは、レースの主催者であるスポーツランドSUGOは何を考えているのか、そしてサーキットの親会社と某自動車メーカーとの関係である。この関係性を考えれば、サーキットが今回の新型車両テストを断ることが難しいのはたやすく想像できる。
現場で噂程度に流れていた話によると、金曜日の練習走行もキャンセルさせ、レースは練習走行を合わせても土日だけというスケジュールも考えられていたという。さすがにそれではレース開催への支障や参加者からの不満があると考えての木・金曜日の処置だったのだろう。しかしながら現場では「いっそのことレースかテストのいずれかを延期にすべきだ」という意見が聞かれるなど、この事態を不服に感じていた関係者も数名見られた。
少なくとも言えることは、全日本カート選手権は、その長きにわたる歴史がある一方で、某自動車メーカーにとっては取るに足りない存在であると認識されていることが明らかに示された、ということだ。仮にこれが全日本カート選手権ではなく、翌週に開催されたスーパーフォーミュラであったならば、某自動車メーカーはこのようなテストを行っただろうか。もちろんスーパーフォーミュラは西コースで開催されるわけではないので全く同じ状況で比較はできない。それでも、かたや観客席には関係者しかおらず、自家用車かレンタカーかタクシーでしか来場できない全日本カート選手権と、かたや日曜日の当日券で大人3,100円の料金を取り、仙台駅~メインゲート間に7時から19時まで1時間おきにシャトルバスが運行するスーパーフォーミュラを比較した場合、某自動車メーカーにとって全日本カート選手権は虫けら同然にみられても仕方がない。だが、自動車を製造し、最終的には消費者に販売することを生業とする自動車メーカーが、今や貴重な車好きの若者が多く参加している全日本カート選手権をないがしろにすることは果たしてよいのだろうか。将来の顧客を自ら手放していることと何ら変わりがないのではないだろうか。参加者を馬鹿にしているのではないだろうか。
これはレーシングカート業界が変革するチャンスだ
では我々は何をすればいいのだろう。某自動車メーカーはダメだと罵り、新型車両のテストを企画した担当者の人事異動を祈ればよいのだろうか。もちろんそれではいけない。なぜ新型車両のテストは別の日程ではなかったのか、なぜ木曜日に走行ができなかったのか。なぜ見下されているのか。この原因を考え、解決せねばならない。
例えば先ほども記述したが、なぜスーパーフォーミュラの日程ではなかったのだろうか、という視点から考えてみるのもいいのかもしれない。スポーツランドSUGOのホームページを見てみると、全日本カート選手権はこのページに載っている。
”参加レース”というカテゴリーにて、全日本カート選手権がRedBull KART FIGHTやSLレースと同列に並んでいる。全日本カート選手権を全く知らない人がこれを見たら、「子供用の、レンタルカートのレースのようなものだろう」と思ったとしてもそこには何の不思議もない。
さらに鈴鹿サーキットのホームページを見てみると、全日本選手権の枠組みにすら入れられていない。国際南コースで行われるローカルシリーズと同列の扱いだ。なるほど。スポーツランドSUGOでの全日本カート選手権に仙台駅~サーキット間のシャトルバスが出ていないのは、観客が呼べないような魅力の低いレースだからではない。そもそも主催者側に観客を呼ぶ気がないからシャトルバスを運行しないのだ。観客を動員せずとも利益が上がるのであれば、そこへ労力を割く必要がなくなるのだから、主催者としてはそれほどに楽なことはないだろう。これではレーシングカート愛好者が減少しているのも致し方がない。最高峰カテゴリーでさえ観客に見せる気がないのだから、ファンが増える要因がない。この状況を見れば、某自動車メーカーの判断は、特にレースに関心のない人からすれば実に正しいと言わざるを得ない。もし自分が新型車両テストの関係者ならば、スーパーフォーミュラと比較するまでもなく全日本カート選手権の金曜日走行をキャンセルさせるだろう。それがサーキット、そして某自動車メーカーにとって最大限の利益につながるのだから。
ところがPaddock Gateはそのように考えてはいない。レーシングカートは乗るだけでなく見ても面白いし、雰囲気を感じればきっと虜になる。レーシングカートの持つ魅力そのものは他のモータースポーツに劣るどころかむしろ負けている部分のほうが少ない。このスポーツはもっと多くの人に見せるべきだが、問題はその見せ方なのだ。新規顧客を開拓することは難しい。まずは既存のファンやかつてレーシングカートに乗っていた人たち、そして今現在レーシングカートにかかわっている人々を再活性化する必要がある。ドライバーやエントラント、そして観戦客にとって最良の形を追求せねばならない。そのためにPaddock Gateではなるべくマニアックに、かっこよく、そして見やすく情報を伝えることを目指している。まだまだ力不足な面は数多くあるが、サーキットの観客席が人であふれんばかりになる日がやってくることを信じている。
今回のスポーツランドSUGOでの一連の出来事は、全日本カート選手権が、日本のレーシングカート業界が変革するチャンスだ。それと同時にこれは、レーシングカートを楽しんでいるすべての人にとっての問題でもある。私たちは気づかされたのだ。変化していくこの世界の中で、旧態依然とし目先の利益だけを追求していては、次第に取り残され、近い未来にレーシングカートを楽しむことはできなくなるだろう。一人一人ができることを考え、行動せねばならない。まずはレースを見に行こう。余裕があれば参戦しよう。家族や友人をサーキットに招待しよう。なんていったってレーシングカートは面白いのだから。