10月中旬にヤマハレーシングカートエンジンを取り扱う契約店やSLレースを主催する各所に、一本のメールが届いたという。その内容は、2021年以降のSLレースに関するレギュレーションと、KT100エンジンの今後についてだった。
SLレースがオイル指定&KT100SECに一本化の動き
当該の内容はまだプレスリリースされていないため公にはなっていないが、Paddock Gateは信頼できる情報筋から内密に入手。そこには、
- 2021年からSLレースにおける使用可能オイルをWAKO’S FormulaKT 2CRのみとすること
- ダイレクトエンジンであるKT100SDの生産を終了
- 2022年よりSLレースでは、セルスタートのKT100SECのみを使用可能とする
という内容が記載され、理由は更なるイコールコンディションの実現と安全性の向上、とされていた。
WAKO’S FormulaKT 2CRとは、通常の2サイクル用オイルであるWAKO’S 2CRと同一ではあるが、緑色に着色され、WAKO’Sではなくヤマハモーターパワープロダクツ株式会社から販売されるオイルである。
恐らくヤマハレーシングカート部門の経営状況は芳しくない
今回の販売店に対する案内の内容、そしてこれまでの取材から推測するに、ヤマハレーシングカート部門は経営状態が悪いだろうと考えられる。現在KT100シリーズの年間販売数はおそらく数百台もあればよい方だろうし、KT100エンジンは耐久性に優れるため消耗品も少なく、現在の国内レーシングカート人口ではとてもメーカーとして利益を上げられる状態にあるとは考え難い。
まず手堅く売り上げを良くする方法として、2020年4月より行われたインテークサイレンサーの純正指定、そして今回の指定オイルが取られていることは明らか。日本全国で広く、そして国内で最もユーザーが多いエンジンが、すべて自社販売のオイルの使用を義務付けられる。定価2000円のオイルが自動的に大量に売れる様になれば、これは確実に利益が向上する。
また仮にKT100SECに一本化すれば、エンジン単体での部品点数そのものはSDに比べて増えるが、ダイレクト専用のクランクシャフト等の部品が不要となるので、部品生産を一つ止めることができる他、在庫管理が容易になる。数は少ないだろうがダイレクト分の保管庫の場所も不要となり、トータルではコストを下げる事ができるだろう。こちらは出資を抑えることによる財政改善だ。
ダイレクト禁止に反対する署名運動が勃発
このYAMAHAの発表に対し、反対の動きを取る運動が始まっている。これはスーパーSSのレジェンドドライバーである迫成幸、長内正人、小林暁、高田亮の4名が連名で代表を務めるKTDA(KT Driver’s Association)という任意団体が行うもので、
- 車両規定にKT100SD/SCの存続
- 競技規則に指定オイルの撤廃
- 今後KT100SECのみの販売となる場合、車両規定に最低重量5キロを加えた重量とすること
の3点を求めている。主な理由としては、
- SEC化に伴う金銭的負担の大きさや、SLレース出場を断念するものの増加が予想され、レースが成立しないコースやクラスが増加するという予想
- SECのみとする場合、エンジンと補器類の重量がSDに比べ増加するため、カートの重量増によりレース参加を諦める者が多く存在すること
- エンジンのライフが短くなり金銭的負担が増えること
を挙げている。現在各種SNS等を通じて同意者へ署名を求めている。
ヤマハレーシングカート部門存続のための、やむを得ない愚策かもしれない
筆者の率直な意見を述べさせてもらうと、これは単なるその場しのぎに過ぎず、愚策であると思った。指定オイルにすれば当然収支は良くなるが、それは国内で最大のシェアを持つエンジンメーカーとして最も簡単、かつ非情に他のオイルメーカーの売り上げを奪う方法である。またSEC一本化を行っても収入が増えることはない。本来彼らが行うべきは、現在のシェアを奪い合うことではなく、ルールメーカーとして既存ユーザーを盛り上げ、レーシングカート人口そのものを増やすことではないだろうか?今回の案内によってカート人口が増加するというのは、風が吹けば桶屋が儲かるぐらい期待することは難しい。
SEC一本化については、重量増や金銭的負担を理由に反対する運動が起こっているが、筆者としてはレーシングカートがプリミティブな乗り物で無くなる点が気になる。セル付きはとにかく簡単で楽ではあるが、あくまでもオプションであってほしい。ダイレクトドライブは自動車の構造としてあまりにも単純で不便。しかしそれがスタンダードであるという事実は、他の何物にも代えられない、世界中でレーシングカートのみが持つ魅力であると思う。これを最高峰のOK部門ではなく、全国どこのカートコースでも走っているKT100で味わうことができるのが、日本レーシングカート界のすばらしさではないだろうか。
もちろんSECに一本化されたのちも引き続きKT100SDをレースで使えるようにするという方法も無くはないが、性能差は少ないとはいえ基本的にはダイレクトの方がクラッチ付きに比べて速さでは優位。となると生産終了した部品の市場価格は高騰し、レースのイコールコンディションが保てなくなる。それはSLレースの趣旨である「スポーツ&レジャーの精神」からはかけ離れてしまう。SECに一本化されるのであれば、SD禁止は正しいレギュレーションだろう。
またオイルについては、選ぶ楽しみがユーザーから奪われてしまうのは寂しさを覚える。家具や食器を吟味するように、レーシングカートを乗っていない時にだって楽しみ方はあるのだ。カーボンの付き方やエンジンの回り方、コストやブランドによって「次は何を試してみようか?」とワクワクする機会が奪われるというのは、決して大きな要素ではないが、積み重なると退屈になってくるだろう。この対策はまずTIAのような、より厳密なワンメイクを求めるレースに導入すべきであった。
ただ一方で、これがヤマハレーシングカート部門存続のための最終手段であるようにも思われる。タイミング的にもこれは明らかにBRIDGESTONEのカートタイヤ撤退に伴った動きだ。現在利益を上げていない部門に対し、レーシングカート界最大シェアのBRIDESTONEが撤退するのならば…と追従する動きは経営判断として妥当。それに対抗しうる、説得力と即効性の両方を持ち合わせる手段として、指定オイルとSEC一本化という方法を取ったのではないだろうか。
もしそうだとすれば、指定オイル撤廃とKT100SDの存続は、それすなわちヤマハレーシングカート部門の撤退である。そうなればレーシングカートのエントリーモデルはコマーやAVANTI、MAXやX30、はたまた現在は国内に入ってきていない様々なカートエンジンから選ぶことになるだろうが、いずれもYAMAHA KT100シリーズと同等のコストになることは難しい。結果としてユーザーの金銭的負担増は避けられない。
今回のニュースは、筆者の心を1rpmも高ぶらせてくれなかった。しかしKTエンジンの消えたカートコースを想像するのはとても恐ろしい。この案内どおりの未来が訪れた際には、願わくば指定オイル化によってもたらされた利益を、その場しのぎではなくカート人口を増やすために使ってほしい。
もし筆者なら、カートからフォーミュラへの流出を促しているFormula Blueをやめ、ジュニア選手権のデリバリーエンジンを廃止し、全日本FP-3をチューニングKT部門へ生まれ変わらせる。SL全国大会にもチューニングKTカテゴリーを創設し、全国の眠っているエンジンチューナーたちの腕を競わせ、マテリアルの新陳代謝を促す。それと同時にTIAクラスをより厳格なワンメイクとし、買ってきた新車そのままがベストという形にすることで、新規ユーザーにかかるコストをより明確なものとする。上がった利益で各地域の有力販売店へ協力を依頼、全国どこかのショッピングモールでは毎週末必ずレーシングカートが展示され、新規顧客を獲得。多くのSLカーターを抱える優良販売店には仕入れ価格を引き下げて支援するのもいいかもしれないし、そのころには最高峰部門へのワークス復活も遂げ、いずれサーキットは再びKTユーザーで溢れかえる……。これはただの妄想だし、夢物語かもしれない。でも、夢ぐらい見たい。
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【SLO】KT100SEC一本化並びにオイル指定化が決定。オイルは2021年1月1日から | Paddock Gate
2020年11月11日、SLカートスポーツ機構(SLO)は、KT100SEC一本化並びにオイル指定化について発表を行いました(SLInfo_No.20002)。