茂原ツインサーキットにて行われた2021オートバックス全日本カート選手権OK部門第5戦の予選ヒートは、異例の「やり直し」が行われた。豪雨により多数の車両がスピンアウト、更にコース上に転倒者が出たことで赤旗中止となり、規定周回数に達しなかったことが原因だ。時系列順に事柄を見ていくと、次のようになる。
- 9月18日16時30分に第5戦予選ヒートがスタート、路面はウエットコンディション
- 5周目頃から雨が急激に強くなり始め、コース上に川が形成される
- 6周目から最終コーナーでスピンアウトするドライバーが現れ始める
- 9周目頃には4台のマシンが最終コーナーでストップ
- 10周目頃にメインポストにてオイルフラッグが提示
- 1人が最終コーナーでスピン、その後押しがけをするもホームストレート上で転倒し動けなくなる
- トップが12周目を走行中に赤旗が提示、競技が中止される
- 各ドライバーがオフィシャルの指示に従い車検場に向かい、停止
- 競技長より「競技中断、ドライバーは再車検を受けてパドックで待機」と放送される
- 放送から10分ほど経過した後、ドライバーは再車検を受け、ピットに戻った
- 競技中止から30分ほど経過した後、競技長よりエントラントへ翌日の予選ヒートやり直しが宣言される
- 18時55分、翌日の午前中に予選ヒートがやり直される改訂版タイムスケジュール(公式通知No.15)が発表される
時系列はPaddock Gateの調査によるもので、実際の経過時間とは多少の差異がある場合がある。また本来赤旗によって競技が中止された場合、全てのドライバーはスタートラインのあるコース左右両端に停止する必要があるが、茂原ツインサーキットの場合は慣習的にピットエリアに戻るよう指示される。赤旗が提示された時、ホームストレート上には倒れて動けなくなったドライバーがいたため、安全性を考えてもあのタイミングでの赤旗は正しい判断であったと考えられる。また日没が迫っていたことから、当日中にレースをやり直すことは困難であった。
しかし、ここでいくつかの疑問が生まれる。
なぜニュートラリゼーションは発動されなかったのか?
雨脚が強まって以降の最終コーナーはひどく大きな川ができており、ストップした車両は吸い寄せられるように最終コーナー外側のクラッシュパッドに向かっていた。おそらく7台が最終コーナーでスピンし、再スタートを切れなかったのは5台。奇跡的に車両同士が衝突することはなかったが、サーキットの構造上停止車両を完全に排除することはできず、ピットロード入口付近に停車させていた。またホームストレートは直進することすら困難な水量が流れており、それ以外のコーナーでもスピンする車両が現れ、リタイアは実に12台(※スピンアウト以外の理由も含む)に及んでいた。競技役員がレースが成立する周回数まで競技を続行させようとしていたことは間違いないが、対処方法はオイルフラッグを提示したのみ。なぜニュートラリゼーションを発動させなかったのか?これは一つ大きな疑問として浮かぶ。
ニュートラリゼーションは、コース上に妨害あるいはドライバーやオフィシャルに緊急の健康被害があった場合でかつ赤旗中断するほどではない状況において、安全が確保されるまで適切な速度で行われる1列ローリングのこと。バーチャルセーフティーカーやフルコースコーションに近いものと考えて良い。2019年に全日本カート選手権に導入されたこのルールは、同年のスポーツランドSUGO大会OK第8戦予選ヒートにて初めて発動された。
確かに最終コーナーでストップした車両はピットロードへと排除されていたので、「コース上に妨害があった」とは判断されないかもしれない。実際にドライバーが退避すると黄旗は取り下げられていた。しかし、この最終コーナーでコントロール不能状態となるとマシンはピットロードへと吸い込まれるため、雨量が多い時は多重クラッシュが誘発される可能性が特に高い。また川や水溜まりをコース上の妨害と見なしても良かったようにも思われるが、それもしなかった。多数のスピン車両が出たあの状況を、レースを行う上での安全性が確保されていると競技長は考えたのだろうか?
奇しくも2019年SUGO大会と今回の2021年茂原大会の競技長は共にベテランの及川光由氏が務めていた。全日本カート選手権で初めてニュートラリゼーションを発動した競技長としてあの場面をどのように判断したのか?我々は9月19日のレース前とレース後に取材を申し込んだが、及川氏は多忙を理由に取材拒否。これゆえ競技長の判断理由の一切は不明である。
規定周回数の60%に到達していたのではないか?
2つ目の疑問は、そもそも予選ヒートは本当にやり直す必要があったのか?という点。当該ヒートの成立には規定周回数の60%が消化される必要があるが、この予選ヒートの規定周回数は17周。つまり17周×60%=10.2周が消化された段階でヒート成立とされる。レースは少なくとも11周が消化されていたはずだが…?
第30条 その他競技に関する一般事項
16.各ヒートは、規定周回数の60%以上が消化された場合、当該レース(ヒート)が成立する。
2021全日本カート選手権統一規則
第35条 レースの中断
事故、安全性の問題またはその他のいかなる理由によっても、競技を中断する必要があるとみなされた場合、競技長またはその指示により赤旗が提示される。すべてのドライバーはただちにレースを中止し、オフィシャルから指示された場合はどの地点でも停止できる態勢でスタートラインのあるコース左右両端、あるいは各競技会特別規則によって指定された場所まで徐行して停止すること。
レースの中断の結果は下記の通り:
カート競技会運営に関する規定
a)レースが60%終了している場合、レースは成立したものとみなされ、赤旗提示前の周回時点の、終了順序で結果が決定される。
b)60%以下の場合、レースは完全に再走行となり、第1回目のスタートは無効、取消となる。
1.予選および敗者復活戦では、最初に参加していた全てのドライバーが再スタートに参加する権利を与えられる。
2.決勝(第1および第2レース)では、中断する前の周にフィニッシュラインを越えたドライバーだけが再スタートに参加できる。
2021全日本カート選手権統一規則とカート競技会運営に関する規則には、上記が存在する。これよりレース成立は規定周回数の60%、それに達しなかった場合にはやり直しが行われることは明確であり、事実上赤旗が出た時点で当該ヒートは「中止」される。余談だが、カート競技会運営に関する規則では「レースの中断」という文言になっているのに対し、日本カート競技信号旗での赤旗は「レース中止」と表記ゆれがある。赤旗中止後に競技長が「レース中断」を放送したため、車検場と参加者がレースの再開を考慮、これが中止から10分程度時間を置いてレース後の再車検が行われた原因となった。
第29条 完 走
完走者となるためには、特別規則書に規定されない限り、レースの着順が1位のものがフィニッシュラインを通過後2分以内に、カートが自力で同ラインを通過し、その時点でレース距離(そのヒート1位の車両の周回数)の1/2以上を完了していなければならない。
カート競技運営に関する規定
とあることから、レース距離は1位の車両の周回数によって定義されている(これ以外に消化されたレース距離を定義する項目を見つけられなかった)。
読者から提供された動画を見ても、赤旗提示後にトップの高橋悠之と2番手を走る佐藤蓮がコントロールラインを通過していることがわかるので、赤旗が提示されたタイミングは12周目の最中。 このことから赤旗提示前である11周終了順序で結果が決定されるはずだ。
ここまでの周回数については我々の集計によるものだが、当日リアルタイム配信が行われていたRaceLiveを見ても、トップは12周目までレースラップで走行している。上の動画と合わせるとトップが12周目の最終コーナー付近で赤旗が提示されたと推測できる。しかしRaceLiveはあくまで観戦ツールであるため非公式な情報。この幻の予選ヒートに関する公式情報の一切は存在せず、やり直しになった理由を書面で説明することのないままタイムスケジュールの変更だけが公式通知No.15として発表されている。
競技委員会としても競技のやり直しは負担が大きく、できるならば避けたいはず。ギリギリまで赤旗を出さず規定周回数に到達させようとしていた上、しばらく競技委員会内で協議した後にやり直しを発表したことから、やり直しせざるを得ない何かがあったと考えるべきだ。我々は競技長に取材拒否されたためJAFレース部会に対して質問状を送ったところ、現在関係各所へ確認中とのこと。進展があればここに追記を行う予定だ。
もしもニュートラリゼーションを発動していれば、最終ラップまで一列ローリングで周回を消化することも可能であった。今回のようなややこしい状況を排除し、ドライバーの安全性を確保、かつスムーズなレース運営を行うために導入されたルールが発動しなかったことは誠に残念。危険なコンディションでドライバーにレースを行わせた以外にも、日曜日に1ヒート増えたことで参加者やオフシャルの負担が増加、トータルで考えて安全性は低下したと言っても過言ではないだろう。近年のカートレースではとにかく目の前のスケジュールを一刻も早く消化しようとするきらいがあるが、当日2021年9月18日の千葉県は緊急事態宣言下にあったことから判断を焦ったのだろうか?急がば回れ。急いては事を仕損じる。主催者にとっての最優先事項は、安全確実にレースを運営することであってほしい。